ドラマ30 京浜東北線 23:50

日付が変わる頃、南に向かう京浜東北線の車両は、加速度的に混み合っていく。

東京駅では運がよければ座席にすわれるくらいの余裕があるのだが、新橋を過ぎるあたりからにわかに混み始め、浜松町で乗車率は200%に近づく。

この日、運のよくなかった僕は、進行方向からみて左側のドアのあたりに立っていた。左側に立ったのは、目的の駅につくまで一度もドアが開かないからだ。

いつものように車両は浜松町で満員になった。僕は窮屈に手をかがめながら、本を読み続けた。

その本に向けた視線をふと上にあげると、2人分ほど先に、男が女性の耳元に向けて何かを囁いているのが見えた。2人とも30代後半といったところだろうか。

最初は新手の痴漢かと思ったが、女性は顔を男のほうに向け、さっき囁いた男の唇に向けて何かを囁き返したところをみると、どうやら2人は深い関係にあるようだ。

満員電車のなか、2人は囁きを繰り返す。時折、男のあごに、女性が額を押しつける。

電車は品川駅についた。多くの乗客が降り、そして多くの乗客が乗り込んでくる。一瞬だけ訪れる身体の自由。彼女は下ろしていた左手をあげ、男の頬をさわった。

再び混み合った京浜東北線は、南へと車輪を走らせる。

頬にのばされた左手の薬指には、銀色のリングがひかっていた。