今回の合意について

hirokuma2005-10-28

普天間基地移設を巡るこのところの報道を目にしている人は多いだろう。ようやくすべての全国紙が、普天間基地移設問題を一面トップに取り上げたわけだから。今さら何を・・・である。

今回の合意内容は、日米両政府がつくりあげたシナリオ通りに進んだ結果だと思う。交渉を通してアメリカからの譲歩を引き出すという過程まで演じて見せ(お昼前の報道では、「日米両案の距離が200mにまで縮まった」などというものまであった)、「これ以外の方法はない」というイメージを作り上げた。沖縄があれだけ県外移設を主張していたにもかかわらず、その声はまったく無視され、「なかったこと」にされてしまった。

日本政府からしてみれば、建設にかかる期間も費用も削減できたわけで、これが反対運動の血のにじむ努力の結果だとすれば、皮肉としかいいようがない。運動も、住民も、こんなに馬鹿にされた話はない。

そもそも稲嶺知事がこれまでの案に合意できていたのは、基地の恒久化を避けることが(少なくとも見かけ上は)できる案だったからだ。15年間の使用期限をつける、その後は民間空港に移行する・・・「15年使用期限」と「軍民共用空港」は、恒久化を防ぐための車の両輪だった。だからこそ知事は、「県内につくるのなら現行の案しかない」といっていたのだ(と僕は推測している)。

しかし今回の合意によって、代替施設は“規模を縮小して自然破壊を少なくするために”民間部分を切り離し、軍用に特化したものになってしまった。そして、「どこにつくるか」という問題だけを争点化することによって、使用期限については議論しないですませることができた。結果的に、日米両政府にとって都合のいい案ができあがった。いろいろと不備のあったSACO案(もともとの案)を反故にする良い機会だったわけだ。

そして日本政府はさらに、公有水面の使用許可権まで沖縄から奪おうとしている。もしそうなってしまえば、沖縄がシュワブ&浅瀬埋め立て案の受け入れを拒否したとしても、日本政府は強権を発動させて無理矢理つくることができるようになる。「アメリカから譲歩を勝ち取れたのは、日本政府が絶対につくると確約したからだ」、という報道が流れていたが、その確約の背景はこういうことだったのだ。

それにしても辺野古の住民からすれば、とんでもない結果である。今回合意に至った案が実現すれば、辺野古の集落は基地への進入路の下にはいってしまう。しかも海が残されるわけでもない。陸上部分は計画の10数%にすぎないのだ。海は失う、騒音の被害や墜落の危険性はもともとの案より高まるでは、まさに踏んだり蹴ったりだ。

こうなってしまった以上、運動は、辺野古の住民との協働にむけて、何らかのアクションをおこさなければならない。住民とともに、辺野古が、名護が、沖縄が被っている差別を主張するしかない。そうしなければ、運動は住民から追い出されてしまいかねない。意図せざる結果であったとはいえ、結果的に運動は、辺野古の住民をさらなる危険な状況に追いやってしまったことになるからだ。

しかし考えても見よ。「基地の建設に反対する」「海の埋め立てに反対する」という行動は、批判されるべき行動なのか?基地による被害をうけることになる住民はもちろん、平和を願う人たちや自然を守ろうという気持ちをもっている人たちにとっても、ごくごく当然の行動ではないか?

その当然の行動が、日米両政府の思惑に荷担させられてしまったのである。これほど悪質なことはない。

ただ、希望的観測かもしれないが、こうして辺野古住民がうけるであろう被害が明確化したことによって、住民もようやく反対の声をあげやすくなったのではないかとも思う(例えば沖縄タイムスの以下の記事の後半部分 http://www.okinawatimes.co.jp/day/200510281300_01.html )。その声を、どれだけ拾い上げることができるのか、わたしたちの良識が問われている。