ウチナー世(うちなーゆ)

「くまよむ」らしく、ひさびさに本の話題。


今年度からお世話になっている明星大学で、僕を推薦してくれた先生に勧められ、お借りした本がある。それが『ナツコ―沖縄密貿易の女王』だ。

ナツコ 沖縄密貿易の女王

ナツコ 沖縄密貿易の女王


第27回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した本というだけあって、なかなかに読み応えのある本。金城夏子という、戦後の一時期に密貿易で名を馳せた女傑の短くも分厚い人生を追うことで、当時の沖縄、とりわけ八重山地方の実情を描き出そうという著者の意図は、みごとに本書のなかで実現している。


密貿易とは、戦後の一時期、台湾、香港、八重山諸島沖縄本島、本土などのあいだで展開された、非合法の貿易のことである。密貿易で流通していた物資は多岐におよび、「戦果あげ」によって米軍からくすねてきたものもあれば、サッカリンを中心とする甘味料、およびストレプトマイシンのような薬もあった。物資が圧倒的に不足していたこの時代、密貿易がなければ誰も生きてはいかれなかったのだ。だからこそ警察も、なかば公然と見て見ぬふりをしていたという。


その密貿易の一大拠点となったのが、与那国島だ。ドラマ「Dr.コトー」のロケ地であることからもわかるように、今ではすっかり寂れてしまった与那国は、この当時、台湾に近いという地理的条件を最大限にいかして、一大密貿易拠点として栄えた。その中心にいたのがナツコなのだ。


その後ナツコは、石垣、那覇へと商売を展開し、事業を拡大していくのだが、密貿易がおわりを告げつつあった1954年8月8日、38歳という若さで病のため命を落とす。まさに、密貿易の申し子のような女性であった。


この本の魅力は、なんといっても著者の徹底的な取材力だ。密貿易という、いわば裏家業の話であるため、文献資料はほとんどといっていいほどない。そのため著者は、ナツコについて知っている人たちをおって、その人たちからナツコに関する情報を聞き出すことによっていくつもの隙間を埋めていく。そんなやり方でしか書けなかったため、完成までに12年を要したそうだ。


それにしても、この本で描かれている沖縄の、なんとたくましく、なんとしたたかで、なんと躍動的なことか。


著者は序章で、この本を書くきっかけとなったのは、ナツコについて、まるで昨日のことのように活き活きと語る老人たちを、石垣島の食堂で目にしたからだと記している。そして、沖縄戦の傷跡も癒えず、米軍による占領下にあったこの時代、ヤマト世とアメリカ世の間に挟まれたこの厳しい時代こそが、沖縄が沖縄を生きる、ウチナー世だったのではないかと、著者はいう。


ノスタルジックに「あの時代は、貧しかったけど、楽しかった」といっても許されるのは、その時代を生き抜いてきた人たちだけだ。でもたしかにこの本で描き出されていた沖縄は、ウチナー世だと思う。それは、戦争を知らない、本土の人間である著者が、ノスタルジックにそう描き出したということではないだろう。あの時代を語る人たちの語りが活き活きとしていたからこそ、この本のなかにウチナー世がたち現れたのだ。そしてそれは、そうした語りを引き出す情熱と、掬いとる感性と、まとめ上げる知性がこの著者に備わっていたからこそ、なしえたのである。


ひさびさにノンフィクションの力強さに触れることができた。この力強さは、研究者がかく論文にも求められていると思う。スタイルや、媒体は違えど、何かを書くために必要とされる熱量は同じだろう。そんな気持ちにさせてくれた良書だった。